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東京高等裁判所 昭和28年(う)2210号 判決 1954年10月07日

控訴人 被告人 李忠吉

弁護人 松永謙三

検察官 吉岡述直

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弍月に処する。

但し、本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶予する。

原審竝びに当審における訴訟費用はすべて被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松永謙三作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるので、ここにこれを引用し、以下これに対して判断する。

論旨第一点及び第二点

所論は、巡査部長黒崎泰雄が松山花子こと崔花子を撮影した所為は、その職務執行の範囲に属せず、同女の人格権竝びに名誉権を無視してなした違法行為であつて、たとえ、被告人において右黒崎の撮影行為を妨げたとしても、被告人につき公務執行妨害罪は成立しない。従つてこれを公務執行妨害罪に問擬した原判決は法令の適用を誤つたものであると主張するのである。よつて原判決挙示の証拠に、当裁判所において事実の取調としてした証人松山花子、同中山明吉、同黒崎泰雄、同沢田和三の各供述、被告人本人尋問の結果、検証の結果を参酌考慮すれば国警栃木県本部では従来外国人登録法違反被疑事件などにおいて被疑者を逮捕することにつき被疑者の側で後日公判廷等で当該逮捕は成規の逮捕状が呈示されない違法のものであるなどと抗争する事例が少くなかつた関係上、この種事件においてはその逮捕状執行の現況を写真に撮影し後日このような点で争が起きる際にそなえるように努めて来たのであるが、偶々栃木県下都賀郡小山町大字小山千八百五十四番地崔敬植を外国人登録法違反の容疑で逮捕せんとする際国警栃木県本部警備課勤務巡査部長黒崎泰雄は、昭和二十七年十二月一日夕刻上司である同課長中川明吉から、右黒崎が写真撮影の心得があるところから、小山地区警察署に赴き、右逮捕についてこれに協力し逮捕状執行の現場の撮影をするように命ぜられた。そこで同人は、翌早暁写真機を携帯し小山地区警察署に至り同署長の指揮下に入り、その命令で同署勤務の巡査部長沢田和三外数名の警察官とともに午前五時頃前記崔方に至り、右沢田において表戸を叩いた。偶々前夜から右崔方に宿泊して表三畳間に寝ていた被告人が起きて来て戸を明け警察官の来ているのを知つた。沢田巡査部長は被告人に対し右崔の逮捕に来た旨を告げ他の警察官とともに奥の間に通ずる板廊下にあがろうとするや、被告人は崔はいないと答えて右警察官のあがるのを拒むような態度であつたので、右沢田一名のみ右崔に対する前記被疑事件に関する逮捕状を示しながら成規の手続により正当な権限をもつて同家に入り逮捕状の執行をなしつつあることを現わして右板廊下にあがつた。そこへ奥の間から境の開き戸をあけて崔の妻松山花子が寝巻のまゝしどけない姿で出て来たので、右沢田は右逮捕状を同女に示し成規の令状により崔敬植を逮捕するために来たのであるから同屋内を探させて貰いたいといつた。丁度その頃右黒崎は、前記趣旨において右沢田が松山花子に逮捕状を示している現場を写真に撮つた際、同女は右逮捕状を見ても何のことだかわからず、黒崎が写真を撮ろうとするのを認め、自分のふしだらな姿を撮られてはと思い声を出し、こんな所を撮るんですかといいながら、これをさけて奥の間に戻つた。その間において被告人は、右黒崎が前記撮影を終ろうとする頃にその撮影を妨げる目的で暴れ出し何故写真を撮るのかといいながら左足で右黒崎の右手背を蹴り上げて暴行し同人の職務の執行を妨害して同人に治療五日間を要する右手背打撲傷を与えた。そこで即座に被告人は公務執行妨害の現行犯として逮捕され、一方沢田はその頃着物を着換えて出て来た前記松山花子の承諾の下に引続き奥の部屋に入り右崔を見つけ逮捕し、その情況を右黒崎において二回撮影したが、あわてたためそのうちの一枚は前に松山花子を撮影したものと二重写になつていたことを認めることができる。

然り而して、本件のような外国人登録法違反事件などにおいては屡々後日公判廷などで逮捕は刑事訴訟法に基く適法な令状によるものでないと被告人側で主張し、かかる点で派生的な紛争が生ずる事例があることは顕著な事実であるから、そうした紛争に具えて予め当該逮捕のものであることを証拠づける意味合において逮捕状呈示の現場を写真に撮影して置くことは時宜に適した方法であつて、それ自体は純粋の公務でないにしても逮捕状の執行という公務に附随しこれに包含される性質のものと解するのが相当である。而してこの事はその逮捕状呈示竝びに撮影の相手方が逮捕状の執行を受ける本人である場合は勿論、その家族その他その家にいる者であつても、その者に対する逮捕状呈示は、係官が正当の権限をもつてその場所に来ていることを示す、すなわち職務執行の為にその現場に来て職務に従事していることを現わしているのであるからその情況の撮影も亦前記趣旨においてこれを公務の執行というを妨げないものと解しなければならない。而してこの本件のような犯罪の捜査手続の段階において職務を執行する者は、これを受ける側の人権を尊重し必要の限度を超えて多くの人、多くの場所、多くの回数の撮影をすることは慎しまねばならないこと敢えて刑事訴訟法第一条の規定を援用するまでもなく極めて当然なことであるが、その撮影が正当なる権限の行使と認められる限り相手方においていわゆる肖像権、人格権、名誉権を主張してこれを拒否し又は違法視することは許されないものといわなければならない。本件においてその事実関係は前に説示した如くであつて、黒崎巡査部長の写真撮影行為は、正当なその職務の執行行為であつて、決してその権限を濫用し又はこれを超越した不当の行為とは解されない。従つて、原判示犯罪事実は、その挙示する証拠によつてこれを認定するに十分であるから、被告人の所為たる一面において公務執行妨害罪を構成するとともに他面傷害罪を構成するや勿論であつて、これを問擬するに原判示法条をもつてした原判決は、洵に正当である。然らば原判決には所論のような違法は毫も存しないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する)

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

弁護人松永謙三の控訴趣意

第一原審判決は公務員の職務執行の範囲に属しない行為を職務執行の範囲内の行為と認定した違法がある。私は黒崎泰雄巡査部長は松山花子こと崔花子を撮影する正当権限を有しないものと考える。1 昭和二十七年十二月二日未明栃木県下都賀郡小山町大字小山一八五四番地崔敬植方に出動した警察官は崔敬植に対する外国人登録法違反被疑事件に付き同人に対する逮捕令状執行のために出動したものである。2 而して出動した数十名の警察官は同人宅周囲を固め「松山さん小山署の沢田です」の声に被告が玄関の鍵をはずした途端に小山署沢田巡査部長外数名が玄関に雪崩れ込み三畳の間に上り更に奥六畳の間に進んだ時物音に目を醒ました花子が隣室から六畳の間に出て来たところを黒崎巡査部長が撮影したのである。3 当時花子は上は赤いじばんで下は腰巻きのしどけない姿で他人に見られたくないし又写真にも撮影せられ度くもない姿であつたので黒崎部長が閃光器を使用して一度写真を撮影し再び二枚目を撮影せんとしたので花子は「どうして写真をとるんですか」と叫んだので被告も「どうして写真をとるんだ」と云い乍ら撮影を阻止せんがために左足を以て黒崎部長の右手を蹴つたのである(記録一三四丁裏同一三五丁表)4 松山花子が写真に撮影せられることを非常に嫌つて居つた事は左記によつても明かである。「それは写真を撮られたくないから云つたのですか」との弁護人の問に対して松山花子は「さうです、女で着るものを着ない時に撮つたのでむかつとしたのです」(記録一三八丁)以上の事実に徴すれば黒崎巡査部長は花子の人格権竝名誉権を無視して同人を撮影したものであつて、撮影其のものが違法行為である法律は黒崎巡査部長に対して斯る違法行為をなすの権限を与えて居ない従つて同部長の花子に対する写真撮影は職務行為ではないのであるから公務執行妨害罪は成立しないのである。

第二原審判決は単純な傷害罪に対し公務執行妨害罪で処断した擬律錯誤がある。松山花子が当時第三者に見られることを憚る如き姿態であつたので撮影されることを非常に嫌つた事は前述の通りであるが黒崎巡査部長は花子の意思を無視し其の人格と自由を蹂躙し得る正当権限を有しないのである。果して然らば原審が之を単なる傷害罪とせず公務執行妨害罪と認定した事は法令の適用を誤つたものと云うべきである。

(その他の控訴趣意は省略する)

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